心の健康 仏法真理 今までの連載記事
2011・2・1
心の健康(思慧の部屋)
今までに連載の内容 4
2010年3月 今回も 利自即利他(自利即利他)の観点から観た現代の問題点
アメリカ発の世界的な不況が叫ばれて、アラブにヨーロッパに飛び火し暫く経ちます
公平と平等
(敢えて日本を入れなかったのは、日本の不況は政治・日銀の間違い施策不況でアメリカの影響は大きくないからです)
そして 不況 の原因を外にばかり求める 意見が多く目につき耳に入ります
経営者は政治になんとかしろ! 従業員は経営者になんとかせよ! 政治は世界的なもので何とも出来ません!
然しながら 繁栄している 国もあり  企業もあり 仕事で多忙な人もおり 格差は厳然としてあるのが人間世界
仏教で日々 学び向上 努力精進 を 諭しているのは 自ら蒔いた種を自ら育てた結果が今に現れる 
よく努力し よく智慧を 得た者に 良い応えが還ってくる 何もしなければ 良い応えは無い 
格差があることは正しい  公平が正しい 結果平等は間違い  自らを確立(利自)し慈悲(利他)を行うことが正しい
と教えています
経営者は 常に 智慧を働かし 事業内容の向上・改善に努め 社会の求めに応える努力をしたか?
従業員は 常に 自己啓発し能力上げ企業に貢献する努力をしたか?自分に都合のよいことのみ求めて来たのでは?
日々 楽を求め、自らに厳しさ課さず 過ごしてきた結果が今の状態を招いているのではないか?
と 振り返り 反省を求められているのが 現状と考えるべき!
気楽な生活求め 自分の都合で 仕事に対峙し 責任あることや 苦労することを 避けてきた結果が 
現在の 経済的不幸を招いているのでは ないか と 考えてみるのも大切なこと!
社会 や  企業 に貢献する能力・実力の低い者から、外れて行くのが自然の原理
このことは 競争させない差をつけない学校教育の存在が大きく影響しておりますので、次回は
同じ 標題で 学校教育 の 仏教真理からの 我見 を 採り上げます
2010年4月
公平と平等2 北海道の教職員組合の政治資金 問題で 今の 教育界の誤った 常識が 明らかにされています
教師は平等だから 手当で 格差をつけることは いけない との 考え方
極端な表現すれば ペーパードライバーも経験豊富な現役ドライバーも 実力・能力みな同じ?
この 教育界に蔓延する 結果平等 思考は 成長 発展 向上 を 阻害する 根本的な 問題点
この思想が 教育 という  成長 向上 を 目的とする 世界で支配しているということは
教育界が教育を目的としていない世界に 成り下がっているということ を示しているのでは? 
切磋琢磨してこそ 成長 向上 が 出来るということを見ず 順位をつけない 競争しない 
大人も子供も 人間みな平等 この考え方で教育された大人が社会に放たれている危うい日本の現状
畏れ敬う と いう心の柱を 教えてもらえず 大きくなった子供が 自らの思うことが全て正しい
多数の意見が全て正しい という傲慢型 自己中心型の人間が多くを占める社会を構成中?
子供に知識を教える という子供との位置づけでは 平等ですが 知識の内容レベルは勿論のこと
経験も 人格も 格差が教師に在るのは事実であり 更に 教師全体も 隔離された 社会の中で
存在している ことを自覚した上での 思考を根底に持っての教育指導が大切と思われます
仏法で 八正道 による反省業は 正しい見方 正しい思い 正しい行い を始めとする点検項目に
に基づいて 常に 自らを振り返り 軌道修正を行うことが 大宇宙の中の この地球上で
人間として生きて行く 生かされて行く 為の 真理として教えられているものですが
この実践を 大きく求められている世界が教育界であると思うものです
民主主義の社会は多数決が基本ですが その意思表示は受けた教育をベースに個々人の
精進の結果の集約が現れること = 教育が重要な位置づけにあることでもあります
縁起の法=原因結果の法則=蒔いた種に水をやり育てた結果の果実
いろんな 犯罪の多発 精神的な病 が現れている 現代社会  これらは 人間の念いの集約された 
果実とすれば 知識カルト 科学カルト 法律カルト に 洗脳された 現代人への警告
正しい宗教教義に基づく 精神的な柱を建てて 健全な社会 幸福感あふれる 世界を創ることが近緊の課題
2010年5月 正見 正思 の 観点からの 政治
一国の首相が 国の重大問題の解決に 地域の ドンに 挨拶 説得 ?
 正見正思と

   政治

一国の命運を舵取りする首相は、自分の理念・信念を基に、自らの生命かけて政治に務めるのもの!
沖縄の現地へ 身は滅びようとも国の為にと 自ら決死の覚悟で行動するのが正しい思考・行動
理念・信念 なく 多数決で 物事決めるのは 未成年・学生の未だ人生で勉強中の人間のすること!
(このことは 過去に ブログ上で 生徒会 首相と 書いて国難を訴えました)
哲学的に 平和を思い 戦争を悪と するのは 当然正しい思考ですが 
現実 政治で そのまま 使うと 残念ながら 亡国の危機となるのが世界の現実
世界の現状で国益を考えれば、 国防を他国に委ねるのは 非常に危険なことではありますが
日本は今までその道を選び、アメリカもそれが出来、人間でいえば働き盛りの国で有ったのですが
老齢化でヤヤ衰退が見え始め、それに取って代わろうとしている覇権大国がウロツキだした今、
一人前の 国としての自覚・行動・体裁を整えなければならない大事な時が日本の現時点の位置
今必要なのは 多数決 衆愚 化を 扇動する 悪に対し 信念 を 持った強い指導者
今の政党の幹部には 国益考える理念・信念ある政治家の存在が覗えないと見るのは誤りか?
国内で選挙の得票を上げる為の、手段ばかりに注力している政治家が多すぎるとの思いも誤りか?
地球温暖化は太陽の影響が大きい上、仮説で正しいかどうか判らないCO2悪玉説を盲信し
25%削減を表明、拍手喝さいを得て得意となっていますが、拍手喝さいの意味は 日本の経済力が
落ちることで 各国は自国の国益になることを喜んでいるのが真の意味するところ
上海万博で日ノ丸揚げることを政府判断で止めて、朝貢外交の先祖返り!、この行く先は 自由の無い
覇権大国とその手足で動く 誘拐犯罪国による、世界1/2制圧で 日本は亡国 属国 貧困の国へ
仏法真理は真実の世界を教えるだけでなく、この世での人間の修行が繁栄・発展・向上のなかで
行われるよう 何が正で何が悪かを教えるものです
意味の判らない経文を聞いたり、ひ弱な何もしない、生き方を善とするのが宗教では有りません
以上 現在の多くが嫌う上から目線の内容に取れますが、仏法真理を基に、恐れず述べました
真の優しさ・思いやりは耳触りのよい優しい言葉ではなく、自国の国体を守り・国益守り 国民の幸福な
生活を図る 先見力ある指導力だと思います
2010年6月    民主党による 新内閣がスタートしました
テレビの画面に出てくる 街頭での 新内閣に対する 感想を述べている内容で 気になることがありました
セイジとキョウイク
市民目線で見てくれる感で期待できそう!   お金に汚いことがなさそう!  経済の回復も福祉も期待できそう!

政治と教育2

このような 内容が多く見られました、 仏法真理に照らして 問題点を見てみると
先ず 多くの 人々が 今までの生活がこれからも続く前提で 改善を望むことばかりのようでした!
市民の目線でというのは 国内に限って であれば 大切な観点であるのは間違いないとは思いますが!
国際的な関係で 見ると 非常に 危険なこと 日本の常識が 世界では非常識なことが 多い現状では特に!
国が自立した状態で存続出来てこその 国内政治  マニフェストに 国内のことが殆どを占め
日本の自立独立・経済の拡大成長・世界の中での日本の責務・等々が無い 政権政党を
国の舵取りに選ぶことの 自省と熟慮が 今必要なことではないのでしょうか?
社会主義全体主義の国家2国を隣に置き、且つ その国の 前の指導者が 日本は近い将来 無くなる国と
発信し 数十年の計画で 近隣諸国を属国化する大中華帝国への道を着実に進めている実状を考えると
国を託す国政 選挙に対し もっともっと真剣に考えることが 求められる!
一国の命運は 一人の指導者に因って 握られてきた 歴史を再確認することの重要性を痛感します
何時までも 中学生 高校生 の 扶養家族の気持ちで 他国に甘え また
他国も 自分と同じような 考え思考すると思う 世間知らずで いることが許されることではないはず!
一人前の 大人として 自己主張 権利の主張 だけでなく 責任・責務と社会性を持ち自立した
国になることが 大きな課題と考えるのは 間違いではないと思います
思考・発想の因でもある 日本の教育の 問題も 大きい要因とは思います
義務を忘れ権利の主張と結果平等を求め 知識のみが教育で善悪正邪は法律でのみ 
という 教育界の行ってきた過去は 大きい禍根と認識します
法律は人間界のルールに過ぎず 全てを解くことは出来ないし 不適な法の存在も有るのが実態
仏法真理に基づく 何が正しく 何が 間違いか という 根本的な 学びが必要な日本!!
2010年7月 正見 の 縁起の理法(原因・結果の法則) から 
エンギノホウ 今気になる事象を いくつか 採り上げてみると
A経済の低迷   B社会性・道徳心の低下  C若者の短期離職や非戦力  等々
縁起の法
仏法では物事全てが縁起の法の下にある  蒔いた種に水をやり育てた結果が現在ある姿 と 教えています
AからCの事項も 当に この法の下にあることが 痛感いたします
Aの場合 少し前のバブルと称して 走っている経済に 政府・日銀による規制・金利政策で 足掛けて倒して不況起こし!
最近では サブプライム問題として デフレ維持で 紙幣流通策等を行わず 不況を招き!
(サブプライムは経済力無い人に家を持たすという社会主義的政策を(民主党政策)を取ったアメリカの政策失敗も原因)
これらの 基は マルクス経済学を柱とする 日本の経済学が原因
B/Cの場合は 自己中心で社会の一員・社会有っての自己そして権利・自己主張の何倍も責任・責務が
必要なことを 教えられず  また  
大人も子供も平等という結果平等の思想で 子供は 学校という特殊な隔離された環境での育ちを教えられず
社会に出て 即自分が活かされないことを 不満と思い 離職転職 また 社会・会社・他者批判に走る傾向 
逆に自己憐憫・自己不信に悩み精神的病を誘ったり
学校教育が大きく影響 もっとも 団塊の世代と言われる年代も含め 誤った教育経て社会人となり
大人の社会を構成しているので 社会全体の問題でも有るようで!
一番 端的なのは マスコミ 批判と無責任と扇動  結果の責任は無し 世の中全て 見習い?
然し 個人個人の心の奥で 何か しっくりしないのを 微かに感じて いるのでは?
仏性やどる仏の子である 証明か?  
経済が悪いのも 社会道徳が悪いのも 病気や事故が多いのも 全て 縁起の理法の下にあり!
社会が悪い 他者が悪い 身体が悪い と 嘆く前に その因は 自分自身にもあることを
考えよというのが 仏法真理 八正道 の教え!
2010年8月 今回は、最近気になる教育の常識 を 私見を重くして 採り上げました
キョウイク (教育の問題はあまりにも広く深くに渡り このページ程度では寸足らずになるのを承知)
正見正思

教育

「知らない人について行ってはいけません」 これは ともかく
「知らない人と話してはいけません」  これは少し違うのでは?
「危ないぞ危ないぞ・・・」  と 街宣して回る に至っては 自分以外は悪人だらけの環境という刷り込み
子供の教育は 知識教育は当然ながら 一人前の成人としての人間力を育てるのも教育
リスクを知り避けながら 積極的に社会参画する 思考を育成するのが大人の仕事
ルールさえ守れば 法律さえ守れば 良い という風潮が 社会に蔓延し 善悪正邪の観点が
反って弱くなって 人間社会の環境低下を 推し進めているようで
社会に出ても まともに人間関係を構築できず  自分の世界に 籠る ことになる
現代病 精神性の多くの 病気は 教育の間違いが原因と判断するのは間違いか?
仏法の因縁生起(原因結果)の法は 見事に現代社会の病根を さし示しているのでは?
教育界を知識教育のみならず 社会教育  人格人徳 教育 の出来る環境にする為には
知識・技能のテストだけで教師ななったり 教育界の運営を教師・学者で占めるのも原因?
教育の世界も 現代社会に共通する 問題点が大きく影響しているのもまた事実
改革の第一歩は 教育機関である学校の 経営運営に他の社会の経験者・実力者が参加し
加えて 教師の平等処遇を 改めることのようで! 切磋琢磨・競争のない世界は衰退あるのみ!
2010年10月 貪・瞋・癡・慢・疑・悪見の癡に当たる、現在の日本の一般的認識に於ける 矛盾と
チ  癡 不思議について 仏法真理の分析です
現代常識と

矛盾

人間死んだら何もかも無くなる 死により全て霧散し 消えてしまう ということで
苦しみから逃れる為に 自殺する人が後を絶たず 
肉体が死ねば(動かなくなる・無くなる)何もか消えてなくなるという無知(癡・無明)
このような常識がまん延している 一方では
葬式で 意味内容の解らない漢文の 経を読んだり 別れの言葉を読み上げたり
その後 **回忌の法要を行い 彼岸・盆などには墓参り  正月には初詣 
先祖の霊に御参り と 死ねば何もかもなくなる と 言いながら の矛盾
仏法真理では 人間の本質は肉体でなく その中に在る魂(心)であり
肉体が死んでも 魂は本来の世界へ帰っていくこと 何度も何度も この世に生まれ死に
転生輪廻しているのが本当の世界で有ることを諭しています
肉体は この世での修行の為の 乗り物にすぎない  例えれば 肉体は自動車 魂は運転者
この真実の世界を知った上で 祈り 念いを届けることが 本当の供養の意味するところ
この本当の世界を知ろうとせず 科学信仰に染まり この世の人間知でのルールで善悪正邪を
裁き 品格・品質を忘れ 法律と経済が全て という 人間の堕落を導いているのもまた事実か?
この世が中心でなく あの世(実在界)が中心であり この世は 舞台での演技をしている場に過ぎない
という真実を知ることが根本と 仏法真理(仏教だけでなく真の宗教全て)は教えています
脳死を人の死としているのも このことから 明らかに間違い 自動車が壊れたら運転者も死んだという内容
脳死者が出産したり 臓器摘出時に 麻酔したり また 血圧が上がったり諸器官の波動が上がるのは何故?
臨死体験者の経験を脳の錯乱・幻想と片づけるのは 科学する姿勢を失った 自称他称科学者の姿?